会津・奥只見紀行

雨に祟られたツーのリベンジという事で、急遽決まった会津紀行。今秋蘇る只見線からスタートです
でも、やっぱり雨だった(泣)しかしながら今回は四輪ですから気ままです(笑)
上条駅舎内に掲示されていたポスター。なんかイイよねぇ~沿線ぐるみで残す気持ちが。
六十里越えして辿り着いた田子倉湖。晴天も勿論イイけど、こんな感じも絵になる(四輪の余裕か?)
しばらく眺めていると、日が射してきた。湖底にはマタギの田子倉集落が沈んでいる。
堤高145mもあり、奥只見ダム(157m)に次ぐ高さを誇る。圧巻です!
プリプリ君、今回はお世話になりますよ。予定の2泊はテン泊なのでリアの荷室は荷物満載です。
只見駅には全線運転再開へのカウントダウンが設置され、只見線沿線の歓迎ムードが伝わってくる。
只見町で有名なお店のチャーシュー麺。申し訳ないですけど、チョット残しちゃいました。入りません
只見町叶津にある番所跡(旧長谷部家住宅)。会津と越後を結ぶ八十里越の関所で約300年前に築
一般の民家と違い、幕府や会津藩の役人のための上段の間や奥座敷が設けてあり、かなり大きな構造
規模の大きい上層家屋。内部は高い天井や隠し部屋もある。何度か増改築を繰り返しているようだ。
凝った細工の建具。当然、木組みされているけどデザインが素晴らしい!
いつも思うけど、昔の人は手先が器用で感心する。チョットした遊び心も取り入れてるし凄い!
例によって歪んだガラスを使った戸。ここから見える景色も味があるねぇ~
床の間の違い棚は、間の巾があるので大型なモノになっている。どんな風に取り付けてあるのかな。
柄杓もすごい! すべて竹で出来ているけど柄の付け方が秀悦。かなり古いモノだろうけど現役。
ガイドさんが我々2人のために、囲炉裏に火を焚いてくれた。その手際の良さに見とれた。
松さんが座ってる位置が主人の場所だという。自在鉤に吊るされた鉄瓶に、いい塩梅に火が当たってる
番所跡の裏に旧五十嵐家住宅がある。こちらも築300年ほど経っているという。こちらは本百姓の家屋
茅葺屋根には苔が一面を覆っていて、その緑色が年月を物語っている。
やたら広い土間。ここの竈で飯を炊いて、囲炉裏のある居間で食べる。その後は野良作業なんだね。
途中、思い立ったように寄った会津蒲生駅。数分経つと踏切が鳴り出し、来るはずのない列車が。。。
そう、10月の再開通に向けての試運転列車が来たのです。松さんはかなり興奮していたねぇ~
そりゃそうだいなぁ~ 遭遇するなんて夢にも思ってなく、しかも駅に立ち寄ってまもなくだったから
ここを列車が走るのは11年振り。2011年7月の新潟・福島豪雨で会津川口ー只見間27.6kmが不通に。
その日は、沼沢湖でテン泊とした。地元民が多く、子供達もいたが静かな湖畔で癒されましたよ。
夕飯は「すき焼きもどき」です。料理好きな松さんに全て任せ、自分は待つ人となりました。
勿論、卵は欠かせません。牛肉もそこそこのグレードで奮発してます。
これでマズい筈がありません。明るいうち(16:00頃)に着いたので、闇鍋になる事なく頬張ってます。
今回デビューしたワークマン製の折り畳み椅子。これが本当に楽ちんでハンモックみたいな心地です。
翌朝、さほど夜露が下りなかったのでテントをそそくさと畳み、松さん思い出の会津柳津駅へ7:00着
赤べこの故郷らしい。駅横には蒸気機関車が綺麗に保存されており、無人駅ながらそう感じさせない。
地元の有志(塗り鉄?)なんだろうね。どうりで綺麗なわけだ。ありがたいねC11さんよ!
この信号も設置されており、ノスタルジックな雰囲気を醸し出している。イイ駅ですなぁ~
列車が入線してきた。さっきまでこのベンチで会話していた2人組の声に聞き覚えが。。。誰?
あっ、その声、R角S児さんだ! 話かける間もなく車内へ。プライベートで来たのだろう。達者で!
喜多方市にある「長床」 新宮熊野神社で珍しい吹き抜けの豪壮な拝殿。大イチョウも有名らしい。
内部には壁も扉も無く、1尺5寸(約45cm)の円柱が44本建っている。「長床」とは僧が修行する場所
拝殿よりその先にある本宮を望むが見えない。新宮熊野神社は1089年建立といわれ東北一古いらしい
参道の修復には吉見町の石材屋さんが来ていた。聞くと1か月ほどホテル泊で施工してるとの事。お疲れ
喜多方の北にある「熱塩駅(国鉄:日中線)跡」 昭和59年(1984年廃止)洒落乙な建物である

今は「日中線記念館」として有志の方達で保存されている。松さん思い出の駅。大切にされています

「伝言板」懐かしいねぇ~ そうどこの駅にもあったなぁ~ 電話以外の唯一の通信手段? 黒板だぁ
国鉄キ287単線用ラッセル車 昭和13年8月に開業以来、冬期に活躍した 迫力あるなぁ~
その後ろに連結されていたオアフ61客車  内部には走行音響もあり、旅情に浸っている松さんが
おぉ~懐かしい! ジャパニーズ ナチォナル レールウェイズ(日本国有鉄道)の灰皿ロゴマーク
駅近くにあった「天神清水」という湧き水  味も香も無く綺麗な水でした
会津若松にある「さざえ堂(円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」に向かうエスカレーター(笑)
1796年 飯盛山に建立 高さ16.5mの不思議ならせん状階段を備える六角三層のお堂
階段状で無く、滑り止めの角材が張られたスロープ状の階段を昇っていきます
天井には沢山のお札が。 江戸時代の庶民にとって一度に三十三の観音像を廻る事が出来たので貼った
一方通行な螺旋階段は、人気な観音巡礼に対応して設計されたモノだそうで理にかなっている
R121を南下し、スマホで検索し飛び込んだお店。古民家風な内装が良く、おまけにそばも美味かった
お店的な造りじゃなく、一般民家を改装しているが、建具の黒色や漆喰の壁等、個性を醸し出してる
チョット多いかなぁ~と感じたけど、あっさりさっぱりペロリと食せました。丁度いい量です
会津田島のヨークベニマルで夕食の材料を買い込み、これからテン泊地の奥只見へ向かいます

細い急カーブが連続する奥只見湖畔を進むと、やがていつもの荒沢岳の雪渓が現れる

最初に訪れたのは40年ほど前かな。夏でも溶けない雪渓に驚いたもんだった。量は減ったな
雪渓をバックにポーズをとる。ん~自然の大きさに圧倒されちゃいます
標高が高い事もあるので、すでに薄の穂がたなびいてる。もう秋なんだね。ここは
奥只見湖は入江が多数あり、松さん曰く「船で入り込むと迷子になりそうになる」そうだ
銀山平のキャンプ場では多くないテン泊の間を借り、早めの夕食を作り始めた
ベニマルで買った生海鮮類を焼き上げる。このサーモンの厚み、まるでステーキです
出来上がると、いつものウイスキーと合わせ、静かなる宴の始まりです。ここも静かで良かったなぁ
奥只見シルバーラインは、ほとんどがトンネル(18㎞/22km) 途中、知る人ぞ知る出口があります
登山者や釣り人が勝手にシャッターを開け、外に車を駐車していいそうで。トンネル途中でしょ!
かなりのレア情報なんで、驚きました。でもバイクでは来れません、シルバーラインは通行禁止です
R291から大沢トンネルを抜け津南へ。太公望の松さんが何でもないような川に竿を垂らしてみると
ものの10分たらずで岩魚を釣りあげ、リリース。ルアーを変えながら挑戦するもその後の釣果は無し
秋山郷にある福原家の総本家。約230年前の築で中門造りの民家。自分で電気を点けて見学する
囲炉裏のある居間もそのままに、江戸時代後期の生活の様子をうかがう事が出来る
この土間のたたきが何ともイイ雰囲気を醸し出している
どうやら電気は昔ながらのむき出し線を流れているらしい。自分んちにもあるけど、もう使ってない
玄関は杉の皮を張り付けた豪雪地帯仕様になっている。ちょっと前までは陸の孤島と呼ばれた秋山郷
R405を南下すると右に鳥甲山(2037.6m)が望める。この東壁は切れ込み厳しい絶壁になっている
その昔、3度の火山活動を繰り返して今の山塊になったらしい。また赤倉山とも呼ばれていたと
確かに赤いなぁ~ 今にも崩れそうな迫力のある山
豪雪地らしく、この暑い夏の最中でも残っている雪渓。 デジカメの望遠も捨てたもんじゃない
R405から中津川を隔てた鳥甲山麓を走っている県道507のスノーシェイドが見える。よく作ったもんだ
これ国道です! センターラインも対向車も無い。正に酷道呼ぶにふさわしいかな
切明集落で「きのこカレー」を食し、今や全線舗装になった雑魚川林道に入る
昔、人命救助をした大滝(おおぜん)入口。たきの字が変ったなぁ~ 落差25mで迫力ある
渋峠到着。あれっ国道最高地点って麦草峠(R299 2127m)じゃなかったけ?  ここ国道だったっけ?

2泊3日にわたる古民家・ローカル線・テン泊・グルメ?ドライブと盛り沢山の紀行でした。

万沢から野反湖、そして六日町

7:00発で上武国道から赤城南麓を通り、中之条で昼を食べ四万♨より雨の万沢林道へ。
相変わらずの浮き砂利で、雨も相まって滑る滑る。。。BMWのオフロードタイヤは圧巻です!
いつ見ても迫力満点! これを振り回しゃうんだから腕も上がるよね。
重量もさることながら、跨るとその圧倒的なタンクの大きさに引いちゃうけど、さすがです。
自分はこの手の軽いバイクが今はピッタリざんす。これなら躊躇なく振り回せます!
正統派な乗りで確実に進んでいく田っち。バハのライトって確かLOWでも2つ点灯だよね?
霧雨を切り裂くごとくフォグランプが決まってます! ジェットヘルだとゴーグル外しますわね。
そして今回もサポートしてくれてるS水氏。長野原で仕入れたたっぷりの食料と酒を運んでくれてます
万沢名物?のストレート。Gメン75みたいで決まってます! こんな並べる林道は他に無い!
土砂降りの中、野反湖に到着。すぐさま濡れた格好のまま皆でタープを張り、ひとまず乾杯です。
楽しい宴の翌朝は早くから日差しを強く、濡れていたすべてのモノを干します。あっという間に乾く
昨日の雨が嘘のように、静けさが引き立つ野反湖。今日も怪しい雲が沸き立っていますよ。
記念写真はなかなか撮らないもので。パイロンとバーが邪魔だけど、周りの目が。。。仕方ないです
こちら方面に来たら「尻焼♨」は欠かせません。結構な入浴者がいたなぁ~ 疲れが取れます!
満喫してます! 残念ながら糸ちゃんは仕事の都合で帰還しました。またね!
「尻焼♨」の後は、雨を避けるように三国峠を越え越後六日町へ。翌日松さん推薦の舞子スキー場!
登ってきた反対の南を遠望。登ってる間はフラットな登りで楽しすぎて写真撮れませんでした(汗)
なにしろ気温の暑さと走り終えた熱さで、ちょっとした日陰を見つけては休みます。
エアコンの効いたサポートドライバーのS水氏の余裕ある表情。車外に出れば、やっぱり日陰ですね。
疲れてます! 林道走行というよりエンジン始動難に振り回されちゃいましたね。次回期待してます!
赤城南麓でそばを食そうとお店に行ってみたけど、行列が出来てます。なんてこったい! で探索開始
イイ店見つけました。高級そうな外観とは裏腹に安くてボリュームがあり、部屋も貸切。サイコーです

15:30には無事到着です。この3日後に六日町から ”C”というお土産までもらってしまいました(笑)

新緑のなつかし林道へ

透き通るような五月晴れに恵まれ、自ずと気合いが入るなぁ~。エンジン何発でかかるかが心配!
二子山林道 2019年の台風19号で土砂崩れに見舞われ、その痛々しい姿を去年4月に見たが、ようやく工事が開始されたようで、次に訪れた時には全線走破だな
R299ではバイパスをなるべく避け、久々の旧道をのんびり行くことにした
この時期の山々は萌黄色に変化し、人々の気持ちを明るくしてくれる。バイク野郎も出てきた出てきた
急ぐ旅ならバイパスだけど、気ままなのんびり旅には旧道が似合う。あんまりスピード出ないしね!
初めて旧道を走ったのはかれこれ40年以上前。こんな石垣もあったんだね。
こんな細い通りだったんだ。センターラインなんてありません。でも大型バスが運行してたんだよな
もう懐かしすぎて、お互い撮りまくりです(笑)いやぁ~上野村も変わりました
砥根平の分岐 昔の面影がほとんど無くなっている。新しくなるのは良いのやら悪いのやら。。。
塩ノ沢峠は交通量がほとんど無い旧道を行き、そこから御荷鉾林道に合流。嬉しいダートです
これには驚きました。誰かが山奥でこれを標的に練習してたんかねぇ~?
新緑のシャワーを浴びながら走るダートは気持ちイイです。何台かのオフロード野郎とすれ違った
ウエアが決まってますな! REDホンダって感じかな(古い!)
ダートじゃなくても、この手のクルマは山道がよく似合う。ライトオン!正統派です!
つづら折れが延々と続く田口峠。爆音を響かせながら?ガンガン登って行きまっせぇ~
雨川ダム脇から入った林道で昼飯。途中のコンビニで仕入れたおにぎりも桜が咲いてるんで美味い!
いやぁ~元気で何よりです! こんな素晴らしい青空の下だもんね。踊る気持ちもわかります
良いコーナーがあると攻めますねぇ~ 黄色のフォグランプが際立ってますよ
テン泊は廻り目平を予定していたが、超がつく位の混みようなんで、そそくさと退散です
で、まもなく見つけたイイ場所。16時に着き、さっさと寝床を作って食事前の乾杯です
薪と食材は近所のスーパーで仕入れ、クルマで運搬。助かります!バイクじゃなかなか積めません
標高が高く、日が落ちると徐々に冷えてきます。防寒ジャンバーがまだ要りますね。火が恋しい!
すっかり日が暮れると酒が寒さをしのいでくれる。手作りランタンスタンドが泣かせるねぇ~
暖かいおでんに豚肉、その後牛も食べたなぁ~ こんな調理道具が運べるのもS水氏のお陰です
イイテン場で、剪定木とか薪になるようなモノがそこら中にあり、寒く感じることがなかった
20:30にはなんと0℃になり、この後、氷点下まで下がったのは言うまでもありません
何十年振りに使うんだろう?このテント。3人用だったかな? 一人で寝るのは贅沢なもんです
しかし丈夫です。確か最初の北海道ツーの前に購入したから、かれこれ38年ほど経つのかな。。。
朝起きてビックリ! シートに霜が降りてます。もう5月なのに。。。さすが高原レタスの地です
翌日も気持ちのイイ青空。日頃の行いのお陰ですかね? テントや調理道具はサポート車にお任せ
まごし峠は陸自の皆さんが開通させたんですね。ありがとうございます!
まごし峠から望む立原高原。周辺には未踏の林道がまだまだありそうでがんす
驚くなかれ馬越峠の標高は1620mもある。通りで昨晩は冷え込んだわけだ
馬越峠訪問もかなり久しぶり。最初に通った時はダートだったし、結構長かった印象が残ってる
眼下に集落が望める親沢峠。集落のシンボルツリーらしき桜の木が堂々と花を咲かしていた
遠く八ケ岳連峰を望む。5月じゃまだ残雪があり下界とは違う季節を迎えているのか?
タイムスリップしたような光景。ノスタルジックなヘルにパリダカマシン。さしずめ80年代前半?
「俺は待ってるぜ!」ばりのS水氏。決ってますよ!いいとこに木の株があったもんです
そして期待の「茂来林道」。裏切られませんでした。ほぼフラットで適度なRのコーナーがありご満悦
こんな素敵なシチュエーションで爆走しないわけありません。イイ感じでリアが滑っていきます
次のコーナーでもアクセル全開です。しばらくの間リアが横滑りしていて気持ちイイ~
一度佐久穂R141に出てガソリン補給して、十石峠街道を東進します。
十石峠には沢山の観光客がおり、ふざけた写真が撮れなかったけど、まだまだ現役で頑張ってます!
ちょうど40年前の1月。スタイルも気持ちも変わってないなぁ~
当時パリダカ全盛でXTにビッグタンク(17ℓ)付けて雰囲気を味わっていたなぁ~
いやぁ~若いな二人とも。十石峠街道脇道で昼飯(カップ麺)を食べた後の一コマです

もとい!長年勘違いしてました。ここは十石峠頂上から東方(当時は木が育っていなかった)を背景にした場所から撮ってます(松さん)

すっかり変っちまった十石峠。でも違う意味で大勢のツアラーの憩いの場になっている。永遠に。。。

春の集会【見聞走】

春の集会のため、はるばるトランスポートしてきた糸ちゃんとBMWです。大きいモノ同士です!
いやぁ~いつ見ても迫力満点です。車重は?あっと驚く超重量級です。ハイエースもどでかい奴です
初日は風も強く遠出せず、近隣の雑木林の林道を楽しみ、その晩いつものように宴会で盛り上がりです
翌日は風も無い晴天。田っちも合流し、寄居から中間平、釜伏峠、二本木峠へと向かいます。
途中尾根から望む両神山。この猛々しい山塊が魅力的な百名山のひとつ。毎朝拝んでますよ
そして秩父のシンボル武甲山。その姿は変化していくも悠々たる姿は秩父を支えてきた親父のようだ
万能ツーリングマシンがよく似合います。これならどこまでも、どこへでも行けるね
懐かしのマシンも色褪せてなく、オフロードバイクの風格漂います。決ってます!
梅の香が漂う三沢地区へ下る小径での一コマ。他に誰も通らず皆くつろいでます

あやしい探検隊 偵察

2週間後に迫った倶楽部の会合に備え、石間集落から太田部峠に向かうダートのチェックです
3km程度の短いダート区間ですが、日陰にはまだ雪も残っており要注意ですな!
四駆車はノーマルタイヤでも問題なく登れますな。下地がジャリなんで適度に摩擦があり安心です
昼飯はいつものわらじカツ屋さんが休業なもんで、初めての豚みそ丼屋さんで。結構いけます!

ふらっと偵察

来週「忘年会」のイベントとして100kmツーリングを企画するため、東秩父・小川界隈を松さんと偵察
2年前の台風19号の影響がまだ定峰峠不通となっており、白石停留所から奥へ奥へと進み笠山へと向かう
どこを走ってもダートが無く、唯一「林道栗山七重線」脇のピストンコース(数百m)をみつけたがショボイ
帰りは懐かしの久下橋を散策。これは旧大里村側からの遠望だが、今となっては橋梁も撤去され跡形も無い
変わらないのは、この秩父から差し込む西日かな。土手の上は舗装になっちゃったけど荒川の佇まいは変わらず

四万♨

今回は同僚のT氏を迎え、秋の四万温泉を目指す。周りには数少ないオフローダーのT氏の愛車はヤマハのXT250
赤城の南麓を抜けR17に合流した後、たくみの里から「秋鹿大影林道」へと進む
結構ガレた路面ながら、そこそこ走りやすい。しかしまぁ松さんのNXはヘッドライトがLEDに換装されていて眩しい
正統派な走りのT氏。XTは懐かしい(今の新車には無い)電装が6V仕様なんでヘッドライト無点灯?
ダート区間約13㎞は今となってはなかなか無い。7月末に走ったお隣りの「万沢林道(約14㎞)」とほぼ同じ
町境(ほぼピーク)にある「霧峠」 ここは珍しく十字に林道が存在する。北に進めば法師近くの赤沢へ。
安定した走りのT氏。今のオフロードバイクと違い、どっしりと重心が低そうな車体も安定させてる要因かな。
思い切りのイイ走りを魅せる松さん。NXはオンオフ兼用仕様ながら、完全にオフ寄りの走りを展開してる
ちょっと張り切り過ぎたかな。。。このまま行くと。。。
こうなります! リアが滑り過ぎてコントロール不能になりコーナー中心に向かって。。。コケなくてよかった!
その後は、また疾風のように登っていきました。
スペシャルステージ走行、お疲れさんでした。都合3往復のチャレンジでした。
往年の名車をいたわりながら過酷な林道を疾走してくれました。オフロード車!って感じでイイです。
お互い納得の走り?を終え、温泉場に向かい途中で行き過ぎて奥四万湖で歓談です。
奥四万湖 水量が少ないのかなぁ?
何気に下をのぞくと、つり橋のワイヤーを止めてる部分があった。見てビックリ!特大割ピンが使われいる!
「叶屋旅館」に投宿するや否や、まずは露天風呂です。下に見える道は宿の敷地内なので関係者しか通りません。
どこに行ってもある「ケロリンの黄色の桶」 なかなか熱い風呂でよかったなぁ~
そして待ってましたの夕食です。食べ切れないくらいの量と品数。これにプラスお酒だから言う事なし!
テーブルに置き切らないくらいで、肉とそばと飯は待機中です。
大大満足の夕食。お酒もあいまってかなり遅くまで語り?あってました。
一夜明け、驚きの朝食です。こんな品数・量の朝飯は食べた事ないなぁ~ おかずの量が多すぎて飯二膳です!
翌日は天気予報が当たり朝から雨です。久々にカッパを着ての走りは皆慎重です。まだ寒くはないけどね。
途中、赤城南麓のコンビニで休憩。なにやらエンジン下回りを気にしているT氏。どうかしたのかい?          9:30に旅館を出発し、雨なんで大して寄り道もせず、14:00には帰還しました。約280㎞走行でした。

古きを訪ねて。。。

夏休み初日から天気がぐずついており雨の予報も出てる。バイクで出だす根性も無く松さんの車でぶらり旅。

昼前に出発し、伊勢崎:日の出食堂の「おかず大盛」で精をつけ、法師温泉をチラ見、三国峠越で上越へ。

数年前、雪中キャンプをしたテン場。コシヒカリも順調に育ってるようです?
R291を右に折れ越後駒ケ岳がダイナミックに望める県道255に入る。越後三山森林公園で行き止りコース。
見ての通りの岩盤質でゲリラ豪雨でも降ろうもんなら、浸み込む事も出来ず流れ落ちてくるらしい。

この水無川にもやたらでかい岩がゴロゴロしており、土石流となって下ってきたのだろう。お~怖。

ふと寄った守門にある「旧佐藤家住宅」国の指定重要文化財らしい。築280年とは思えないほど状態がイイ。
入るとかまどのある土間だ。そういえばうちも昔は土間だった。土がイボみたいにボコボコになるだよねぇ~
茶の間。その先には座敷がある。柱はカンナ仕上げ、天井板もある事から庄屋格を持った家柄のようだ。

幕末から明治初期にかけては寺子屋風な教育の場だったらしい。座敷が教室で、茶の間は運動場だって。

「台持ち継ぎ」 釘(当時はまだ無かった?)を使わずに組み立てる。日本の建築技術はまったくスゴイ!
縁側の柱にも。一体どんな構造で組んでいるのか、素人にはさっぱりわからん! 280年も経ってるのに綺麗!
美しいの一言。現代の家にはない優雅さ、重厚感、そして暖かさも感じさせる。手前の池は消雪用らしい。
すっかり古民家に魅了されてしまい、同じ守門にある「目黒邸」にも足を運んだ。ここも重要文化財
ちょうど茅の葺き替え作業中との事で、正面からの写真は撮らなかった。この池も消雪用。「心」の形をしている。
とにかくでかい! 築220年経っているそうだが、この地の豪雪にも耐え抜いてきた威厳が漂う。
土間の正面には主が火にあたっていただろう囲炉裏が鎮座している。床板の光沢は普段の手入れの証だろう。
ただのむしろじゃない! 主だけが使っていたというチクチクしない(毛羽立たない)モノ。ご機嫌ですね!
隣り合った茶の間の間に土間があるが、その橋渡し(板)する脚台? なかなかのアイデアで感心しました。
隣の茶の間にも囲炉裏がある。こちらは畳敷。なんと21畳もある。
自在鉤。シンプルな構造ながらちゃんとその役目を果たす。いろんな形があるらしく、遊び心満点な逸品。
欄間の彫りもかなり細かく、腕のイイ職人の技だろう。梁も柱もぶっ太く、豪雪地帯仕様になってる。
この節埋め、凄すぎる! ジグゾーなんてない時代に。矢の先の細さなんて真似出来ません。遊び心もあるし。
この勘合具合、惚れ惚れします。最新の工具を使ってもこれほどまでのモノは、なかなか作れません。
ドリルなんて無い時代に、この竹格子もよく作ってます。 もう造作物に感心しきりで時間を忘れます。
明治34年に増築された離れ座敷に装着されたガラス窓。今と違って吹きガラスなんで景色が歪んで見えます。
これがブレーカー群。当時、電気が使える家なんてほとんど無かったろうに、驚きです!さすが豪農です。
檜風呂の脇にある脱衣所の円相窓。ひとっ風呂浴びて、この中庭の池を眺めて熱を冷ますなんて贅沢の極みです。
広間の障子戸は隣のモノとは高さが違う。大きいほうは役人用の出入口だったらしい。差別化を図ったとか?
当時の主は、こんな感じで飢饉仁苦しむ民衆のために救済策等を練ったのかなぁ~。 絵になってます。
この秋には茅の葺き替えも終わるとの事。ブルーシートを除した姿を見たい。終始ガイドしてくださった地元ボランティアの方の説明がわかりやすく、10倍以上?楽しめました!
もう止まりません! 高速で北に移動し長岡 塚山駅にほど近いところにある「長谷川邸」も訪ねた。

越後最古の民家と言われ築305年! やっぱり重要文化財に指定されている。元々は庄屋、後に豪農として栄えた。

この土間の広さは何? かまどがいくつもあり、おそらく農民(小作)らが集まり、祝い事とかやったのかと。
土間の合い向かいには囲炉裏の板の間があったが、意外と小さくて可愛い。
台所には何と今でいう冷蔵庫の元祖、冷氷機?なるモノがあり裕福な家系であることが窺える。
これは、かわや?それとも御不浄? トイレに畳が敷いてあるし、大と小が別々の便器になっているとは驚き!
こんな凝ったトイレは今に例えると非常に贅沢な場所でしょう。畳敷きが優雅さを醸し出してる。
上段の間から望む庭。コケ蒸してるし、飛び石もあるし、とにかく広いお屋敷です。
新土蔵(現代建築)から主屋を見る。 敷地は間口70m、奥行120mもあり、約2500坪! 周りには堀もある!
六日町に戻る途中、小雨蒸せる田んぼの中の上越線をパチリ! 
その晩は六日町の鉄ちゃんK氏と3人で宴をあげ、駅前の老舗旅館(松さん御用達)に投宿し、かけ流し湯でゆるりとしたひと時を過ごした。 そして翌日、再び守門に向け関越道を北上。 日が昇ってまもなく幻想的な朝霧が。

この朝霧が消えないうちに撮影ポイントに向かう。関越を降りて地元道に入っても、よく知ってるわ、松さんは。

只見線 入広瀬周辺 ディーゼル車は架線も無く、スッキリした感じになる。なかなかの山深さで味がある。
朝霧の下を疾走する只見線。なんちゃって。。。ただふたりの真似をしてるだけですわ。
R290石峠に向かう途中にあった列車ホテル跡。一時は栄えただろうに今の姿は。。。前方には蒸気機関車も!
R290加茂市 冬鳥越スキーガーデン跡地に展示されている木造車体の「モハ1」大正12年製(1923年)約100歳

加茂市と五泉市(約22㎞)を結んでいた「蒲原鉄道」で使われていた。この場所は「旧冬鳥越駅」の跡地でもある。

平成11年(1999)に廃線となったが、地元と全国の愛好者の呼びかけ(もったいない)で加茂市に譲渡されたらしい

そして今、これ以上車体の劣化を防ぐために屋根をつけよう運動がクラウドファンディングで進行中のようだ。

こちらは半鋼製電動客車の 「モハ61」 昭和15年製(1940)で昭和33年に蒲原鉄道に譲渡される際、電動化された
「モハ1」にしても「モハ61」にしても超レトロ。板の床に扇風機。我が地元の秩父鉄道もこうだったなぁ~
昭和5年製(1930)貨物用機関車だが、蒲原鉄道では米穀の輸送や客車との混合編成も引いたらしい
この凸型鋼製車体は秩父鉄道の機関車と同じ。なんか力強そうな感じでカッコイイね。
室内は機器がたくさん設置されていて、ホント狭い! でも滅多に拝めない運転席でご機嫌な「出発進行!」
今回は思い立ったように出発し、北へ向かい、思い立ったように重要文化財の古民家や「魚沼線」「蒲原鉄道」といった廃線跡を訪ねる旅となった。本物の「栃尾揚げ」「へぎそば」昔ながらの食文化も少しだけ感じられたし、いろんなモノを見る度、聞く度にチョットだけ知識も深まったような気がする。イイ旅でした。正に「見聞走」でした!
3.旅カテゴリーの記事

林道二子山線

NX125も出来上がったし、XRもウインカー修理、リアキャリア新設し準備万端になったところで久々に秩父にでも行きますか!
6:15出発し二本木峠を経て小鹿野:椋神社へ到着。「椋神社に集合たい!」(栄助さん)
石間集落を抜け太田部林道に入る。一昨年の台風19号の被害(土砂崩れ)もあり慎重に進む。
尾根に出ると秩父側の展望が開け、谷の深さ、山の並々が迎えてくれる。
途中、コーナーを曲がったら、目の前に日本カモシカが1匹おり、暫くの間「ガンの飛ばし合い」になった。逃げてくれてよかった!
中規模な道路崩壊。台風19号の爪痕は秩父界隈の林道(森林管理道)に多数の被害をもたらしているらしく事前に情報を集めた方がいい。
秩父を代表する両神山と二子山をバックに。しかしオフローダー(二輪も四輪も)いませんねぇ~
その後、小鹿野に降り「御岳山林道」に入るが通行止め、で、志賀坂に向かい、越境し「林道二子山線」に入る。
入口には特に通行止めらしい案内も無く、通れそうな期待を抱いて進む。途中西側斜面を覗くが、やっぱり深い!
さほど台風の影響は受けてなさそうで、快適な林道走りを楽しむ。NX125も普通に走れてるようだ。
数十年振りの林道走りながら、なかなかいい走りをしてますよ。
バンクにリアタイヤを当ててコーナーを直角に曲がる。。。うまく出来たかな?
数キロ走ったところでヤッパリありました。かなりの土砂崩れ。この写真を撮るのに道端のU字溝を歩くしか来れません。
唯一土砂崩れを免れたU字溝。ここを通らないと先に進めません。どういう動線にするか検討してます。落ちたら・・・ヤバイ!
かなり慎重に半クラ使いながら進みます。右はアクセルが壁にぶつかり跳ね返されると左は崖です!
NXでちょっと要領がわかったんで通過時間は短かった。左に落ちたらロープ無いし引き上げられません。
数か所の危険な土砂崩れをクリアーしてきたが、もはやこれまででがんす! こりゃひどい!谷は深いし斜路なんでズリ落ちる!
矢久峠への道までおそらく数百m。反対側にはクルマで来たであろうご夫婦がいて、我々に憐れみをご慈悲を。。。仕方ない戻ろう!
第一の難関を無事クリアーして戻る松さん。すべてはここから始ったような気がする。
ここです(指でさしてる下)これだけの崩落なんだから入口に「通行不能」の看板出だしてもらいたいね。
結果8㎞ほどリターンです。おそらく何年も直せない(直さない)状態は続くだろうね。幹線じゃなく森林管理道だから。。。
二子山線で体力をだいぶ消耗したので、小鹿野のいつもの店でわらじカツ2枚丼+ラーメンで栄養補給です!
道中はぐれなくて良かった!という事で波久礼駅でしみじみ道中を想う。この後、荒川右岸を下り基地に着いたのは16:30でした。

冬の小鹿野へ

9:00出発、市街地を抜け寄居の鉢形へ。いやぁ~久しぶりの真冬ツーリングは堪えます。休憩が多いこと!
風布集落を抜け「塞神峠(さいのじんとうげ)」へ。
長瀞野上に降り、増殖中の台湾料理店で暖を取ります。体の芯からホカホカになります!
そう音楽寺に到着。じっくりと裏山にも登り「秩父困民党」に想いを馳せる。武甲山はやっぱり象徴ですな!
芸能界(特に音楽関係)では有名な場所らしく。。。冠次郎さんのポスターが。。。。
橋立鍾乳洞です。ここは地質学的に非常に貴重なモノが残されているらしい。。。確かに迫力満点です。
その後、お気に入りの「御岳山林道」に入る。が、凍結ビンビン、滑る滑る。。。
その後、結局、橋上のチェーンが張られており進入断念! 松さんの何十年振りのアクセルターン!  いいね!
そして今晩の宿は「梁山泊」さま。常連さん多数いる、素敵な宿です。
バイクチーム2名にサポート隊1名の布陣。戦の後の豪勢な料理に舌つづみです!
特に料理が素晴らしい! 味もさることながら、その量には驚きます!
翌日、結構荒れている御荷鉾尾根から伸びている林道を攻めてみた。
冬枯れの林道を並走(S氏撮影)