Nvanいじり

どうもルームミラーが顔に近い!圧迫感がある! 顔から離したくネット検索してたら、やっぱり同じ思いをしてる人がいました。それに改造パーツも出てました。ちょっと形状を真似まして手作り

ガレージのくずになったアルミt5を2枚並列にならべ、タップでネジ切ってうまく収まりました

リアシートも商用車だけあって傾斜角度が少なく、乗り心地もイマイチそう。これもネットで検索

ストッパーの溝をドリル穴あけして、溝を延長(4ヶ所)し、そこそこの傾斜が付けれらました

そしてメインイベント。トレーラを引くためのヒッチメンバー装着です。

車体にある抜て穴?を利用して装着するタイプで、ヒッチメンバーを持ち上げ支える事が重くて大変だった事ぐらいで、割と簡単に付きました。サンバーの時はENGマウントと共締めなので緊張したけど

形状もスッキリしていて、かつ後ろからみてもそんなに目立たないのでイイ

そして4年振りとなるトレーラの車検にチャレンジです。仮ナンバーも初めて取りました。簡単

でも落ちました。理由はテールライトの両端にあるウインカーとバックランプの点灯面積不足と、三角反射板の劣化(反射しません)

テールは自作カバーを外し、ランプの形状通り(両端を丸く削る)にし、反射板を新品にして合格

これでめでたく5年振りに公道デビューです。バイク乗っけて優雅なツーリングにでも使いますかね

ダッチャレ君 さようなら

マッドマックスのインターセプターに憧れ、2018年5月に群馬のTモータースで見つけたチャレンジャー

全長506㎝ 全幅192㎝! 全高143㎝ の迫力あるボディ。おかげであおり運転とは無縁でした(笑)

家からの出入りも幅がありギリギリのシケイン状態で、毎日緊張の連続でした。でも擦りませんよ

ホイールやサスはノーマルに戻し、限りなくインターセプター号に似せて乗ってました

室内の光ものは艶消し黒に塗装し直し、あくまでもスパルタンな仕上がりにしてました

排気量は3.51リッターでV6、それでもコーナー立ち上がりではホイールスピン状態です

燃費は通常7~8㎞/Lで、高速走行時はMax14㎞/Lをマークしました。重量(約2t)があり惰性走行?

自分の中での決め事で、定年卒業という事で、約5年間お世話になりました。約5万㎞走行です。新たなオーナーに巡り遭うように全国規模で展開する外車専門ディーラーに買い取って頂きました。5年間ありがとう! そして達者でね!

外車専門ディーラーで整備後、生まれ変った? ダッチャレ。車高落としに22インチ(扁平率30)   迫力増したねぇ~ インターセプター号の証はそのままで。いいオーナーに巡り逢ってね!

Nvan参上

予定通りの乗り換えで、Nvanの四駆(トレーラ牽引の為)でマニュアルミッションを全国検索してたところ、和歌山と岐阜に各1台出てました。状態も良さそうで距離的にも近い岐阜の業者に連絡を入れ、早々購入にこぎつけました。始発列車(5:12発)に乗り、岐阜に9:30着、そのまま高速で陸送し、自宅に17:00前に到着

Nvanは5年落ちながら、走行1.6万㎞と少なく、ただグレードが一番下のGです、いじりますよ!

全長に至っては、1m50㎝程度短くなります。元々サンバー号に乗っていたんで変わりないです

信州三昧

兼ねてから予定していたバイクツーリングだったが、1週間前に自分の不注意で左肩を負傷し、バイクに乗れなくなった。仲間には申し訳なかったけど中止にさせてもらい、埼玉3人組で信州方面にクルマで行く事とした。 バイクでも来る予定だったぶどう峠に向かう途中で見つけた林道。知りませんでした!
42年前に記念写真を撮った場所。若干道筋が変ったものの正面の岩の形は昔のままだ。
1980年5月、林道巡り旅の途中、小海線馬流駅に泊まらせてもらった帰路。当時、道が荒れてました。
県境の標識だが、この大きさの違いは? 長野県のほうが金を掛けているという事かな?
ぶどう峠から見下ろした信州側。遠くにうっすらと八ヶ岳が望める。もう秋ですなぁ~
和田峠(R142 旧中山道)手前にある「杉の屋」 やってて良かった!ご無沙汰しています。
懐かしい通行手形。しかも全国規模。これらは食事に立寄るトラックドライバーからの寄贈品
昔ながらの店内でご満悦の松さん。チャーシュー麺と餃子の黄金コンビは、さぞ美味かったでしょう?
初訪問のS水氏。風情ある店内にお気に入りの表情。ネギ味噌ラーメンのお味は如何?
今回の訪問で、将来の活路が開かれ益々の繁栄が期待される「杉の屋」さんでした。また来ます!
ある企業で綺麗に保存されている上田電鉄の車両。休日なんで企業がやってなく内部が見られなかった
生粋の撮り鉄は、この喜びようです。それだけ状態が良く、大事にされている事がうかがえるんです。
この後、別所♨に立寄り左肩の癒しをしてきました。そして宿は上田のビジネスホテル。夜は呑みです
旧碓氷峠を下り、再び「アプトの道」へ。鉄道博士2人から聞かされる内容は、実に興味深く楽しい
鉄道関連の写真を記念に残す時、いつものダブルVサインポーズになりますね!
普段土産は買わないが、試食させてもらい、甘かった高級ぶどうをゲットです。値引きありがとうさん
土産は買わないけど、「峠の釜めし」は別です。夕食なんです。この杏が食べたくて。。。

会津・奥只見紀行

雨に祟られたツーのリベンジという事で、急遽決まった会津紀行。今秋蘇る只見線からスタートです
でも、やっぱり雨だった(泣)しかしながら今回は四輪ですから気ままです(笑)
上条駅舎内に掲示されていたポスター。なんかイイよねぇ~沿線ぐるみで残す気持ちが。
六十里越えして辿り着いた田子倉湖。晴天も勿論イイけど、こんな感じも絵になる(四輪の余裕か?)
しばらく眺めていると、日が射してきた。湖底にはマタギの田子倉集落が沈んでいる。
堤高145mもあり、奥只見ダム(157m)に次ぐ高さを誇る。圧巻です!
プリプリ君、今回はお世話になりますよ。予定の2泊はテン泊なのでリアの荷室は荷物満載です。
只見駅には全線運転再開へのカウントダウンが設置され、只見線沿線の歓迎ムードが伝わってくる。
只見町で有名なお店のチャーシュー麺。申し訳ないですけど、チョット残しちゃいました。入りません
只見町叶津にある番所跡(旧長谷部家住宅)。会津と越後を結ぶ八十里越の関所で約300年前に築
一般の民家と違い、幕府や会津藩の役人のための上段の間や奥座敷が設けてあり、かなり大きな構造
規模の大きい上層家屋。内部は高い天井や隠し部屋もある。何度か増改築を繰り返しているようだ。
凝った細工の建具。当然、木組みされているけどデザインが素晴らしい!
いつも思うけど、昔の人は手先が器用で感心する。チョットした遊び心も取り入れてるし凄い!
例によって歪んだガラスを使った戸。ここから見える景色も味があるねぇ~
床の間の違い棚は、間の巾があるので大型なモノになっている。どんな風に取り付けてあるのかな。
柄杓もすごい! すべて竹で出来ているけど柄の付け方が秀悦。かなり古いモノだろうけど現役。
ガイドさんが我々2人のために、囲炉裏に火を焚いてくれた。その手際の良さに見とれた。
松さんが座ってる位置が主人の場所だという。自在鉤に吊るされた鉄瓶に、いい塩梅に火が当たってる
番所跡の裏に旧五十嵐家住宅がある。こちらも築300年ほど経っているという。こちらは本百姓の家屋
茅葺屋根には苔が一面を覆っていて、その緑色が年月を物語っている。
やたら広い土間。ここの竈で飯を炊いて、囲炉裏のある居間で食べる。その後は野良作業なんだね。
途中、思い立ったように寄った会津蒲生駅。数分経つと踏切が鳴り出し、来るはずのない列車が。。。
そう、10月の再開通に向けての試運転列車が来たのです。松さんはかなり興奮していたねぇ~
そりゃそうだいなぁ~ 遭遇するなんて夢にも思ってなく、しかも駅に立ち寄ってまもなくだったから
ここを列車が走るのは11年振り。2011年7月の新潟・福島豪雨で会津川口ー只見間27.6kmが不通に。
その日は、沼沢湖でテン泊とした。地元民が多く、子供達もいたが静かな湖畔で癒されましたよ。
夕飯は「すき焼きもどき」です。料理好きな松さんに全て任せ、自分は待つ人となりました。
勿論、卵は欠かせません。牛肉もそこそこのグレードで奮発してます。
これでマズい筈がありません。明るいうち(16:00頃)に着いたので、闇鍋になる事なく頬張ってます。
今回デビューしたワークマン製の折り畳み椅子。これが本当に楽ちんでハンモックみたいな心地です。
翌朝、さほど夜露が下りなかったのでテントをそそくさと畳み、松さん思い出の会津柳津駅へ7:00着
赤べこの故郷らしい。駅横には蒸気機関車が綺麗に保存されており、無人駅ながらそう感じさせない。
地元の有志(塗り鉄?)なんだろうね。どうりで綺麗なわけだ。ありがたいねC11さんよ!
この信号も設置されており、ノスタルジックな雰囲気を醸し出している。イイ駅ですなぁ~
列車が入線してきた。さっきまでこのベンチで会話していた2人組の声に聞き覚えが。。。誰?
あっ、その声、R角S児さんだ! 話かける間もなく車内へ。プライベートで来たのだろう。達者で!
喜多方市にある「長床」 新宮熊野神社で珍しい吹き抜けの豪壮な拝殿。大イチョウも有名らしい。
内部には壁も扉も無く、1尺5寸(約45cm)の円柱が44本建っている。「長床」とは僧が修行する場所
拝殿よりその先にある本宮を望むが見えない。新宮熊野神社は1089年建立といわれ東北一古いらしい
参道の修復には吉見町の石材屋さんが来ていた。聞くと1か月ほどホテル泊で施工してるとの事。お疲れ
喜多方の北にある「熱塩駅(国鉄:日中線)跡」 昭和59年(1984年廃止)洒落乙な建物である

今は「日中線記念館」として有志の方達で保存されている。松さん思い出の駅。大切にされています

「伝言板」懐かしいねぇ~ そうどこの駅にもあったなぁ~ 電話以外の唯一の通信手段? 黒板だぁ
国鉄キ287単線用ラッセル車 昭和13年8月に開業以来、冬期に活躍した 迫力あるなぁ~
その後ろに連結されていたオアフ61客車  内部には走行音響もあり、旅情に浸っている松さんが
おぉ~懐かしい! ジャパニーズ ナチォナル レールウェイズ(日本国有鉄道)の灰皿ロゴマーク
駅近くにあった「天神清水」という湧き水  味も香も無く綺麗な水でした
会津若松にある「さざえ堂(円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」に向かうエスカレーター(笑)
1796年 飯盛山に建立 高さ16.5mの不思議ならせん状階段を備える六角三層のお堂
階段状で無く、滑り止めの角材が張られたスロープ状の階段を昇っていきます
天井には沢山のお札が。 江戸時代の庶民にとって一度に三十三の観音像を廻る事が出来たので貼った
一方通行な螺旋階段は、人気な観音巡礼に対応して設計されたモノだそうで理にかなっている
R121を南下し、スマホで検索し飛び込んだお店。古民家風な内装が良く、おまけにそばも美味かった
お店的な造りじゃなく、一般民家を改装しているが、建具の黒色や漆喰の壁等、個性を醸し出してる
チョット多いかなぁ~と感じたけど、あっさりさっぱりペロリと食せました。丁度いい量です
会津田島のヨークベニマルで夕食の材料を買い込み、これからテン泊地の奥只見へ向かいます

細い急カーブが連続する奥只見湖畔を進むと、やがていつもの荒沢岳の雪渓が現れる

最初に訪れたのは40年ほど前かな。夏でも溶けない雪渓に驚いたもんだった。量は減ったな
雪渓をバックにポーズをとる。ん~自然の大きさに圧倒されちゃいます
標高が高い事もあるので、すでに薄の穂がたなびいてる。もう秋なんだね。ここは
奥只見湖は入江が多数あり、松さん曰く「船で入り込むと迷子になりそうになる」そうだ
銀山平のキャンプ場では多くないテン泊の間を借り、早めの夕食を作り始めた
ベニマルで買った生海鮮類を焼き上げる。このサーモンの厚み、まるでステーキです
出来上がると、いつものウイスキーと合わせ、静かなる宴の始まりです。ここも静かで良かったなぁ
奥只見シルバーラインは、ほとんどがトンネル(18㎞/22km) 途中、知る人ぞ知る出口があります
登山者や釣り人が勝手にシャッターを開け、外に車を駐車していいそうで。トンネル途中でしょ!
かなりのレア情報なんで、驚きました。でもバイクでは来れません、シルバーラインは通行禁止です
R291から大沢トンネルを抜け津南へ。太公望の松さんが何でもないような川に竿を垂らしてみると
ものの10分たらずで岩魚を釣りあげ、リリース。ルアーを変えながら挑戦するもその後の釣果は無し
秋山郷にある福原家の総本家。約230年前の築で中門造りの民家。自分で電気を点けて見学する
囲炉裏のある居間もそのままに、江戸時代後期の生活の様子をうかがう事が出来る
この土間のたたきが何ともイイ雰囲気を醸し出している
どうやら電気は昔ながらのむき出し線を流れているらしい。自分んちにもあるけど、もう使ってない
玄関は杉の皮を張り付けた豪雪地帯仕様になっている。ちょっと前までは陸の孤島と呼ばれた秋山郷
R405を南下すると右に鳥甲山(2037.6m)が望める。この東壁は切れ込み厳しい絶壁になっている
その昔、3度の火山活動を繰り返して今の山塊になったらしい。また赤倉山とも呼ばれていたと
確かに赤いなぁ~ 今にも崩れそうな迫力のある山
豪雪地らしく、この暑い夏の最中でも残っている雪渓。 デジカメの望遠も捨てたもんじゃない
R405から中津川を隔てた鳥甲山麓を走っている県道507のスノーシェイドが見える。よく作ったもんだ
これ国道です! センターラインも対向車も無い。正に酷道呼ぶにふさわしいかな
切明集落で「きのこカレー」を食し、今や全線舗装になった雑魚川林道に入る
昔、人命救助をした大滝(おおぜん)入口。たきの字が変ったなぁ~ 落差25mで迫力ある
渋峠到着。あれっ国道最高地点って麦草峠(R299 2127m)じゃなかったけ?  ここ国道だったっけ?

2泊3日にわたる古民家・ローカル線・テン泊・グルメ?ドライブと盛り沢山の紀行でした。

レトロカー?

ダッチャレ車検の間、代車がわりになったのが日産マーチ。今の車からは想像も出来ないくらいの車内のシンプルさがかえって新鮮です(ダッチャレもそうだけど)色は何ていう色?もう24歳の車でした

ダッチャレ2回目の車検

早いもんでダッチャレ君も乗り出して3年8カ月経つ。2回目の車検前にすり減った夏タイヤを交換すべくヤフオクで4本16000円で手に入れる(送料が5000円なんで計21000円)
知人の整備工場でタイヤ交換+車検を受ける為に運搬。トランク+後部席にどうやっても3本しか積めなく、仕方なく1本は助手席に。ちゃんとシートベルトさせてますよ!
さぁ~いざ出発! 助手席のサイドミラーが全く見えないが後部ドラレコ映像で問題無し。

里帰り

2012年10月にMちゃんから譲り受けたBAJA号。その後、整備してMさんが購入してくれたものの、転勤につぐ転勤で引き取りに来れなかったが、ようやく家族の一員になることが決まった(Mさんはまだ転勤中ですが。。。)

一通りの整備を済ませ、トラックで引き取りに来たMさんの手元へ。可愛がってもらいなね。バーボンありがとう!