上毛電鉄(西桐生→粕川) 歩き旅 1/

5:30発、西桐生駅近くのPに駐車し出発地点まで10分程度歩く。織物会館とレトロな建物が並ぶ街並みが歴史を感じさせる。1時間ちょっとの距離なんだけど、改めて桐生市街地に来たのは初めてです。

7:00に歩き出したら、ここもレトロな商店街が。さすがに朝早いので誰も歩いてないし、クルマも走ってない。

まず一駅めの「丸‐山下駅」だと思ったら、「丸山‐下駅」でした。住宅街にある無人駅。

道中のお宅に駐まっていた「ワーゲンバス?」レストア途中ですかね? 昔のクルマは味があるなぁ~

渡良瀬川に架かる「赤岩橋」。街灯といい橋の塗色といい、古さを際立たせている感じ。

「赤岩橋」から眼下には渡良瀬川が流れているが、大きな岩があり中流というより上流みたいな風景。

この駅名でさっきの「丸山‐下」が判明しました。ここは「富士山‐下駅」つまり近くに富士山があったのです。

駅北側にある公園には富士山があり、山開きが済んだばかりでした。標高は高くないけどパスしました。

イイですねぇ~。ローカル線的な要素満載で。。。この運転席窓の周辺の色がいろいろあるらしい(これは黄色)

「天王宿駅」、ここですれ違いも可能らしい。

別名「小倉クラッチスタジアム」の最寄り駅。聞いた事のある会社名だなぁ~

1時間に2本ほどのダイヤが組まれていて、歩ってると結構頻繁に来る。この塗色は何と「セキチューカラー」らしい。調べたら発祥がこのあたりらしい。だからか?

セキチューにも自動車用品専門のお店があったんですね! 地元には無く、初めて知りましたよ。

出張で来ました(勿論クルマで)駅構内のヤードが広くて、上毛線としては大きな駅なんでしょうね。

「ひがししんかわ」かと思ったら、「ひがしにっかわ」と読むとか! 地名は難読ですわ。

この色の電車はよく見かけたな。線路脇に柵も無く、開放的?な路線。イイ写真が撮れます。

で、その西にあるのが「にっかわ駅」です。この辺は畑の中を路線伝いに歩ける感じで駅が近かった。

ここは「にいさとえき」普通に読めます。ほとんどの駅が無人で小ぶりなのが好印象。

変わった駅名ですな。まぁ集落名のようで。駅舎はどこも同じようなんで割愛です。

4時間あるき11:00に、ちょうど中間にあたる「粕川駅」に到着。ここまでで25000歩、約21㎞でした。だいぶ気温が上がってきたので熱中症予防で、今日はココまでです。この後、下り列車に乗り、西桐生でクルマに乗換え、14:00には帰宅出来ました。イイ年休でした。

おまけ! 駅舎内にイイポスターがあったのでパチリ! この景色、なんとなく似てますな。列車が坂を下ってる?

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魚道

飲み会の翌朝、松さん気になる施設が、安中にあるという。うだうだしていて出発が遅れていた為、ETC付きの松さん号で10:00出発。上信越道で目指す。釣りをしない俺には何の施設なのかさっぱりだった。

「何これぇ~」コンクリートの塔みたいなモノが。。。 「魚道」といって魚がここを泳いで下流から上流へと昇るらしい。施設もさる事ながら、魚のパワーにもビックリ! 思えば遠洋から故郷に戻ったり、魚の能力って凄いよな。

近くに掲示されていたけど、その鮮やかさに、またビックリ! 地元の小学生、素敵です!

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ハチのふた刺し

フェンスのつるを取っていたら、突然の痛み「いてぇ」時計の上あたり。何年振りに刺されたろう、泥バチみたいに小さい奴だったけど、翌日には腫れあがり「赤ちゃんみたいな腕」になっちゃった。

左腕の腫れが引けた頃、別の場所で同じフェンスのつる取りをしていたら、今度は右の親指の付け根「いてっ」その日は「冷えピタ」で何度も熱を逃がしてたけど、翌日、やっぱり腫れあがり「赤ちゃんの腕」に。 2週間足らずで2回刺された事が無かったんで。アナフィラキー症状を注意したが、大丈夫みたいだった。

決して痛くはないんだけど、かゆみがねぇ~ 掻きこしちゃって完治まで時間がかかりました。

中山道(軽井沢宿→岩村田宿)歩き旅 1/

去年から各地で出没している「恐ろしい熊」との出会いを避ける為「碓氷峠」は避け、クルマで軽井沢を目指します。新幹線利用だと、時間短縮にはなるが3倍強の費用が掛かる為。

4:00出発して、R17さらにR18、そして霧で通行量小なR18BPを高回転を保ちつつ爆走?して「軽井沢駅」前の公営駐車場へ(1000円/日)準備を整えて6:30いざ出陣です。

薄霧の六本辻交差点。EUには多いという信号の無い交差点。周辺は別荘群であり、EU車が多いので合ってますね?

やっぱりありましたポルシェ。何か色合いもおもちゃっぽく感じるのは俺だけ。。。

歩きながら冷えてきたので、4㎞先の「中軽井沢」のトイレをお借りしました。おかげでスッキリ!

R18とR18BPの合流点から南側を通る旧道には、この看板が。碓氷峠は公道、こちらは脇道(庶民用)だったようだ。

一体どうしちゃったんだ?

「黄壁布屋」と呼ばれてる庄屋が再建され残されている。

お馴染みの看板。ここは追分宿。ここからはダウンヒルですわ。

明治天皇が巡幸されたという、R18より1本北側を並走している。

追分の語源、右は「北国街(海)道」更科を経て。。。左は「中仙道」はるか京の都まで。

御代田に向かう中山道で(県道にもなってないみたい) どこのメーカーだかも不明。

小田井宿の民家にあったグロリア。いやぁ~懐かしいですな。かなり大事にされてる綺麗さでした。

小田井宿の街道は通行量も少なく、道幅広く、昔の佇まいがそのまま残ってるような。

旅籠は5件しかなく、参勤交代の時は姫君など女性の休泊が多かったとか(大名は追分宿)

立派な松も手入れが行き届いてるようで。。。白壁も美しく、由緒あるお宅かと。。。

商売を辞めて久しい感じのお店。「既製品」とか書いてあるけど何屋さんだろう?

これまた歴史を感じさせる地名案内。色褪せもあるだろうけど、もうこの手のやつは見ないなぁ~残されてるのかも

2階の軒が落ちそうなんでしょう! ターンバックルで押さえてる、残すのも大変な事。

「こうげつはら」と読むそうです。難しくて読めなかった。更に1本/日のバス。何とも。。。

古い感じと現代のレンタル倉庫みたいなモノの融合? 何が保管されているのか、気になるなぁ~

岩村田宿はそこそこに「佐久平駅(新幹線)」に12:30到着。疲れました!33,000歩で28㎞でした。 軽井沢までの戻りを小海線(岩村田駅)と新幹線で比較した結果、費用は大して変わらず、時間短縮で新幹線に軍配です。そこまでこだわりません。

「文明の利器」を感じました。往路は6時間(歩き)帰路は8分(新幹線)、違いすぎでしょう!まっイイか! 軽井沢に到着後、Nvanに乗換え、碓氷峠でなく県道92の狭小ワインディングを攻め、R18BR合流後、R18,R17と戻り、17:00には帰宅。

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グロリア スーパー6(シックス)

運輸支局に行くと古いクルマが。何だっけ? エンブレムで改めて。 再車検に来てたんだと思うけど覚悟がいるよな。かれこれ50年以上前のクルマだよね。 外観は綺麗だし、タイヤは新品っぽいし、オーナーの心意気が伝わります。

こう見ると、アメ車っぽいなぁ~どの程度、修復したのかわからないけど、元もそんなにダメな個体じゃなかっただろうな。プリンス時代だと思うけど、前なんかスカイラインにそっくり、かなり個性的なイイくるまですね。

懐かしい自販機

仕事の帰り道、喉が渇いて、潤したくなり、普段は寄らないお店に。遠目に自販機の存在は知っていたが。 ドリンクの隣には懐かしい「カップヌードル」の自販機が。使えるのかい?

そうかぁ~500円硬貨が世に出る前からあったんだよね。この張られた店主からのコメントがイイねぇ~

なぜか、日清に交じってマルちゃんが。これは店主の心配りだろうか?売値が消えてるのもスリラー。

そうそう昔ながらの方式だね。懐かしい! 「赤いきつね」は入るんだろうね? 今度、チャレンジ?してみるかな 近くの知人に聞くと、休日になると「自転車野郎達(中坊じゃなく、大人のサイクリスト)が大勢利用してるらしい。

店主のたばこ吸いに対する思いやりが窺える。コンビニでも椅子は無いよな。今度、利用させて頂きます!

中山道(安中宿→松井田宿)歩き旅 1/

1週間前に、この安中駅まで歩いた。今回は横川までなので楽勝かと思い、時間を空けずに挑みます。 家を5:45に出て駅まで歩き、高崎線・信越線と乗り継いで7:30には歩き出しました。

いつ見ても圧倒されます。

途中のコンビニでおにぎりとパン、飲み物を買い、そのまま歩きながら食します。県道125を進み、街内にあった和菓子屋さんの店先には、「和菓子の自動販売機」が。珍しい!

R18との合流点から、再び県道48、216と磯部の街のはるか北側を行く。まもなく眼前が開け「妙義の山々」が姿を見せる。

R18沿いの閉鎖してたガソリンスタンド。上信越の国道の影響があるんだろうな。

松井田 県道33沿いのやってないだろうスナック。「多恋人」とは、よく付けたもんだ。結構人気ある名前だ。

松井田市街でもやってないお店も多い。なんだか寂しい限りです。

素敵な店名です。どんな由来があるんだろうか?

すでに主の居ないお宅だと思うけど、2階の丸窓が珍しい。1階の窓を塞いでる姿が何とも痛々しいけど。

「京まで」読めない。。。古いもんじゃないけど、復活させてるという事は、地元の方の強い想いがあるんだろうな。

反対面には「江戸、日本橋まで三十二里(約128km)とある。

信越線と並行して歩いてると電車が。。。新幹線開通前までは長野や妙高までも行ってたのに。。。

中山道と信越線が交差する踏切。何か所があるようだけど、ちゃんと中山道と謳ってある。

R18から離れ、ちょっと高い道を歩くと、この看板! 出たんだろうね。

不思議建造物2点。壁に突き出た台座? とR18歩道から下に延びる鉄製の階段。いずれも「何のために」

4時間経過の12:30に「横川駅」到着。33,000歩で約26kmでした。

駅前うどんで、かき揚げうどんを頂きました。バイクで来た時も食べたような。。。好みは変わらんですな。

そして横川と言えば定番の「峠の釜めし」。このあんずがイイんだよね。信越線・高崎線と乗り継いで戻り、16:00帰宅でした。

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中山道(本庄宿→安中宿)歩き旅 1/

6:00に家を歩きで出発。高崎線下りで神保原駅に。今日の旅はここから始まる。 7:30に歩き始める。駅前には今では珍しいと思われる「自転車預かり所」が現役で営業していた。しかも歴史を感じさせる佇まいで。

R17を横切り旧中山道(県道392)の途中にあった。三国道とは越後への道。皇紀2600年とは、1940年(昭和15年)の事で、神武天皇誕生から数えられる。この年、海軍の艦上戦闘機で有名な「ゼロ戦(00)」がデビューしている。

神流川を渡り「新町宿」に入る。県道178の温井川を渡る弁天橋のたもとには、「スリーデーマーチ発祥の碑」があった。 現在東松山市が開催地となっているが、1978年(昭和53年)にオランダから伝わって日本で最初に開催されたのは、この新町の地だったそうです。

関越の下を潜り、烏川沿いの土手から左には、三菱鉛筆の工場があった。あの「三菱」とは無縁なんだってね。

柳瀬橋を渡り県道136を進むと、くたびれた歩道橋があった。

橋中央付近にある銘板?を見ると55年経過しているが、驚きは一番下の材質「SS41」ってある。一般構造用炭素鋼、こんな表示ってあるんだっけ?

R17を突っ切り県道121を歩く。倉賀野の街を通るのは初めて。昔からR17BPを普通に走ってたからね。

歩き旅でまともな昼めしを取った事が無かったけど、今回は道中に台湾料理屋があったんで、定番の「台湾ラーメン+天津飯」のセットを食す。この組み合わせは自分の中でベストです。

南高崎駅(っていうのがあるんですね)を左に県道134、県道25と高崎の街中を進む。左手には「中央銀座通り」なるアーケードが掛かってる。GW中日とは言え昼過ぎでも、こんな閑散としてる事に驚き。お店はあるもののシャッターが閉まっており、昭和が終わってる。この先、どうなるんだろう?

商店だけでなく、床屋さんも廃業しちゃったみたい。

やがてR18に合流し、「君が代橋」で烏川を越える。橋を渡ってすぐ右のR406を少し進み左折。この周辺はダルマの製造で有名な場所。何か所か製造所らしき場所があり、ここも。ダルマの塗料が。。。

再びR18と合流。クルマの通行量の多さと騒音にうんざりしながら、「安中駅」に15:30到着。今日は歩いた!昼飯を挟んでも7時間半歩き、52,000歩で距離は約45㎞だった。その後、信越線、高崎線と乗り継いで17:15帰宅。

やっぱ高崎と言ったら「だるま弁当」ですな。高崎駅のキオスクで。あんずが入ってたんですね。OK!

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国道ステッカー

旅先の土産屋でもらったパンフレット。 リアルな国道標識の再現、そしてどこででも置いていない希少性、これは面白い、縁のある国道を集めてみよう、という気になる。

R17、R299は手に入れた。まてR140だって年中通るし「秩父往還」じゃないか! パンフレットを見ると、埼玉県内には売ってなく山梨の山梨市「道の駅みとみ」にしか置いてない事が判明。では行きまっせぇ~で、ひたすらR140を秩父、雁坂峠を越えて、GETしました。そのついでにドライブがてら暫く振りの清里、そして田口峠と、ぐるっと一周って感じです。

すっかり、霧に包まれた田口峠、対向車は皆無です。

もちろん、バイクの楽しさはわかる。こんな非力なクルマでも下り坂なら楽しめる!

限界集落と化した「南牧村」。俺らは通過するだけなんで、せめてお土産でも。 ここは山頂県境じゃない全国でも珍しい場所。

羽沢集落、長野・群馬県境が複雑に交差しており、母屋が群馬、納屋が長野なんてお宅もあるそうな。

おそらく見える範囲でのお宅には何人の住民がいるのか? 空家が相当あるそうで。。。

R140ステッカー買いは、7:00に出て18:30着、距離は320kmだった。 その後、飾るベース板を作り毎日眺めてます。

磐戸鉱山訪問

松さんからの話題で、よく通る下仁田~南牧間の県道93号線からチョット入ったとこにあるらしい。 9:00にクルマで出発し、途中で昼飯を済まし13:00に現着。  ここがダンプカーに積込むホッパー跡、上部からコンベアで落としてくるようだ。

下の広場にクルマを置き、そこからは歩いて散策。そこそこ上がって来ると発破小屋? 右のタンクは?

更に上がると、そこは採掘場だった。平地な部分はかつて山塊だったと思われ、今では南側にそれが残ってた。 

道端の何気ない岩に出来ていた「甌穴」 何気なくあったけど、珍しい現象であり貴重なモノだと思うよ。

発破小屋裏にあった「カンカン」  近くには給油所らしい跡もあり、自動車輸送だった事が窺える。

上部の採掘場と下部のホッパーを結ぶコンベアー群。 調べないとわからないけど、さほど老朽化していなく、割と近い過去に廃業になったのかもしれない。従事した人達は宿舎的なモノが無い事から、下の集落(県93沿い)から通勤していたのだと思う。

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