日本のチロル=南信:下栗村へ

お袋が9月20日(土)に他界し、四十九日法要を11月3日(月)に控えた秋晴れのある日、取引先の社長からしきりに勧められていた”日本のチロル”に行きたくなった。
南信は雪が積もらないものの路面は凍結するだろうし、今年行くなら今しかない!

朝5:00起床で6:00出発。
昨晩のうちに荷物をまとめといて正解。
まだ薄暗いR140を秩父に向かう。
途中でブラックを飲み、R299で志賀坂経由で砥根平へ。
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全線舗装になっちまった黒川林道を抜け十石峠へ。
御巣鷹山での悲しい事故から23年、それを機にすっかり変わったR299は今も変化を続けているが、この碑だけは一番最初に訪れた29年前と変わらない。

XR600R 91年式 レストアしてすっかり蘇った。
ダートは勿論楽しいが、舗装林道も悪くない。
レスポンスが抜群に良いんで、立ち上がりではフロントが浮いていく。
麦草峠(2127m)、茅野をパスしR152杖突峠へ。
その後、中沢峠、パワースポット?分杭峠を越え更に南下。
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通行止の地蔵峠を避け、飯田に降りてスーパーで買出し。
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R152に再合流し、しらびそ峠へ(15:40)背景は南ア。
南アが夕日を浴びてディテールまではっきり確認できる。
ロッジにはハーレー集団の日帰りツーリングで賑わっていた。
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しらびそ峠脇にあるキャンプ場に泊まる(誰もいない)
夜中は寒いせいかラジオの時報の度に目を覚ましてた。
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翌朝も快晴で、すがすがしい。
朝食はサトウのごはんだ。
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7:30出発。尾根伝いの林道(舗装)をいざ下栗村へ。
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そしてチロルへ。
何じゃ!この傾斜は!凄い!右は電線
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その昔、平家の落人が源氏の手から逃れる為に隠れ住んだとか?(山村では良く聞く話ではあるが)
今は自家用車もあり、昔ほどの苦労は無いと思うが、それにしても畑作でも買物にしても大変な苦労が窺える。
住めば都 なんだろうが・・・
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チロルを後に再びR152へ戻る。
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出たところに”梨元ていしゃば”というめし屋があったので、そこで定食を食す。
名前の由来は、昔あった森林鉄道”遠山鉄道”の停車場からとっているそうだ。
チロルの下を通り、南アの大沢岳近くまで延びていたようだが昭和48年に廃線となった。
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この周辺は「遠山郷」と呼ばれ、古くから桃源郷のような人里離れた別天地であったと想像する。
途中、集落最奥を目指し、南ア:易老岳の登山口までダートを往復した(約20km)
久しぶりの真林道で燃えた。
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再びR152の峠越えとなり、やはり狭い兵越峠を越える。
ここからは静岡:浜松である。ちょっと前までは水窪町であった筈だが、市町村合併で浜松がバカっ広くなったわけだ。

相月トンネル通行中にそれは起きた。
「プスン!プスン!」やばい!
そうガス欠!
めしの後、ガス補給のためGSがある度に注視し、営業していれば給油しようと考えていた。
が2件、3件・・・とうとう5件連続休業!
のちに聞いたところ、日曜休業だったようだ。
昔あったけど、今も・・・

山道(幸い平坦か下りだった)を4~5km押し歩き。
途中、自動車の方に声を掛けて頂き、事情を説明したら、わざわざ先のGSで一升瓶にガソリンを買ってきてくれ補給して頂けた。
パトカーですら知らんぷりで通り過ぎたのに、良い方がいるもんだ。

後日、日本酒を宅急便で送りお礼を申し上げたのは言うまでもない。
今回の旅は、ガス欠というハプニングがあり大変苦労したが、人の優しさにも触れることの出来た有意義なものになった。
(同時に冷たい人も多いということも認識したが・・・)

しかしながら、帰路に寄った安倍峠から眺望する日本一の富士を見るとそんな苦労も吹っ飛んだ!
日本に生まれて良かった。ってか。
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その後、寸又峽の温泉宿で一泊。

翌日は、大井川鉄道のアプト線の終点 ”井川駅”まで足を延ばした。

身延から山梨を抜け、雁坂峠を越えて帰還。
全走行距離:806Km也。

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