原点

小学生の頃、社会科が好きだった(特に地理が)
日本地図を見てはどんな場所だろう?行ってみてぇ~なんて想いを馳せてた。
中学生になるとそれまで乗っていたスポーツ自転車のハンドルをドロップ型に変え、休みの度に隣町へ、次の休みにはもっと遠くへと行動範囲が日を追うたびに延びていったもんだ。
この頃、「サイクル野郎」というマンガが少年キングという週間誌に掲載されており、その旅物語に憧れて、いつか俺も・・・と思いつつ高校生になってしまった。
高校に入ると右も左もバイク・バイクでこぞって免許を取りにいっていた。
俺も例に漏れず「二輪だからいいか」みたいな感覚でバイト代を注ぎ込み、中型免許を取得、そしてバイクも買った。
この頃、「750ライダー」という少年チャンピオンのマンガに魅せられていた
高ニの夏を迎えるにあたり、旅の思案をしている中、バイクは体力が落ちても乗れる、しかし自転車じゃそうはいかない。
やるなら今だ!と奮起し、なじみのない日本海を目指す事とした。
行ける所までいってみよう。と、いう軽い気持で。

弟のロードレーサーを借り、装備は最小限に抑え8月4日のうす曇りの中、いざ出発!

雨のきつい碓井峠を登り、冷えた体を軽井沢のドライブインの暖かいうどんで回復させ、この河川敷の近くの廃ボーリング場の軒下で生まれて初めての野宿。誰も来なくてよかった!

2日目の朝は善光寺をお参りし、旅の安全を祈願。

白馬へ向う峠道にて。パンクに気を使いながら走る(何しろ細いロードレーサーのタイヤだから)

8月5日の晩は突然の雷雨に見舞われ、バス停に逃げ込み一夜を過ごす(黒部川付近)

そして3日目は快晴の朝。

8月6日には北陸金沢のユースホステルに投宿。
ホステラーが多く、まったくおもしろくなくさっさと就寝。翌7日は兼六園や市内を自転車で走りまわったが、路地が多く何度も道に迷った。そしてユースへ。
8日は帰途につく。
少しでも身軽にと飯盒・カップ・タイヤ2本・リアキャリアは金沢駅から家に送った。
富山市に入ったら前輪がパンク。
予備のチューブラー に交換し、富山ユースへ15:00到着。
その晩はまず外したチューブラーを糸で縫い修理。
9日、同室だった名古屋のバイク野朗に見送られ 7:50出発。
糸魚川を通り、直江津まで進み、R18 を南下、夜の22:00頃まで峠道を走り続け、戸倉 町の廃ボーリング場にまたまた野宿。
この日の走行距離は223kmだった。
10日5:00に出発。小諸を通り高崎、そして見慣れ たR17の排ガスの中を走り抜け、16:20に帰宅。
7日間にわたる自転車旅行は全走行距離923Km
野宿3泊、ユース3泊、費用は30,600円だった。
1979061007

この苦しくとも楽しかった「旅」が始まりであり、「見聞走」の”原点”であったようにも思える。
自転車からバイクへ、そしてくるま、歩き。
何でも見て、わからない事は聞き、そして走り続ける・・・いつまでも(人生と同じか?) 

原点」への1件のフィードバック

  1. 君がいつも大切にしているアルバム・・・。
    この自転車の旅は32年もたったんだよね。
    その後、酒を酌み交わしそれらのアルバムをめくるのがいつもの事だった。
    僕も想うよ。
    旅が原点だっていうことを。
    キラキラしたあの眼で語るツーリングの様子・・山や川、景色が浮かんできて
    こっちまで旅をしているようで楽しかったよ。
    友達になってくれて33年が経ちました。
    さあ、これからだってずうっと青春時代は続くのだ。
    見聞走の仲間たちよ・・・。

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