中山道(本庄宿→安中宿)歩き旅 1/

6:00に家を歩きで出発。高崎線下りで神保原駅に。今日の旅はここから始まる。 7:30に歩き始める。駅前には今では珍しいと思われる「自転車預かり所」が現役で営業していた。しかも歴史を感じさせる佇まいで。

R17を横切り旧中山道(県道392)の途中にあった。三国道とは越後への道。皇紀2600年とは、1940年(昭和15年)の事で、神武天皇誕生から数えられる。この年、海軍の艦上戦闘機で有名な「ゼロ戦(00)」がデビューしている。

神流川を渡り「新町宿」に入る。県道178の温井川を渡る弁天橋のたもとには、「スリーデーマーチ発祥の碑」があった。 現在東松山市が開催地となっているが、1978年(昭和53年)にオランダから伝わって日本で最初に開催されたのは、この新町の地だったそうです。

関越の下を潜り、烏川沿いの土手から左には、三菱鉛筆の工場があった。あの「三菱」とは無縁なんだってね。

柳瀬橋を渡り県道136を進むと、くたびれた歩道橋があった。

橋中央付近にある銘板?を見ると55年経過しているが、驚きは一番下の材質「SS41」ってある。一般構造用炭素鋼、こんな表示ってあるんだっけ?

R17を突っ切り県道121を歩く。倉賀野の街を通るのは初めて。昔からR17BPを普通に走ってたからね。

歩き旅でまともな昼めしを取った事が無かったけど、今回は道中に台湾料理屋があったんで、定番の「台湾ラーメン+天津飯」のセットを食す。この組み合わせは自分の中でベストです。

南高崎駅(っていうのがあるんですね)を左に県道134、県道25と高崎の街中を進む。左手には「中央銀座通り」なるアーケードが掛かってる。GW中日とは言え昼過ぎでも、こんな閑散としてる事に驚き。お店はあるもののシャッターが閉まっており、昭和が終わってる。この先、どうなるんだろう?

商店だけでなく、床屋さんも廃業しちゃったみたい。

やがてR18に合流し、「君が代橋」で烏川を越える。橋を渡ってすぐ右のR406を少し進み左折。この周辺はダルマの製造で有名な場所。何か所か製造所らしき場所があり、ここも。ダルマの塗料が。。。

再びR18と合流。クルマの通行量の多さと騒音にうんざりしながら、「安中駅」に15:30到着。今日は歩いた!昼飯を挟んでも7時間半歩き、52,000歩で距離は約45㎞だった。その後、信越線、高崎線と乗り継いで17:15帰宅。

やっぱ高崎と言ったら「だるま弁当」ですな。高崎駅のキオスクで。あんずが入ってたんですね。OK!

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